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敦賀簡易裁判所 昭和34年(ろ)4号 判決

被告人 二宮基

昭五・三・二六生 パン製造職

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は被告人は昭和三四年四月一〇日午后二時二〇分頃敦賀市松島一三〇字松原地先道路において、池田節夫の運転する二人以上の乗車に適する乗車台、両手握りおよび足かけの装置のない自転車に同乗したものであつて、被告人の右所為は道路交通取締法施行令第四一条、福井県道路交通取締規則(昭和三〇年三月二二日福井県公安委員会規則第八号)第七条第一項に違反し、道路交通取締法施行令第七二条第三号に該当するというにあつて、本件の証拠に徴すれば右事実はこれを認めるに十分である。

よつて被告人の右所為が前掲法条に違反するかどうかを検討するに前記取締規則第七条第一項は「令第四一条の規定により自転車または原動機付自転車に二人以上乗車して通行してはならない。ただし、操縦者が一四歳以上の者であつて二人以上の乗車に適する乗車台、両手握りおよび足かけの装置がある場合は、この限りでない。」と規定し右制限規定を遵守すべき義務の主体については乗車させた者と乗車する者とを区別しない規定の仕方をしているので、被告人の如き単なる同乗者も亦右法条に触れるものと解せらるる余地がないでもない。

然しながら右法条は制限人員を超ゆる乗車をさせた操縦若しくは運転者ないしは二人以上共同して一部が自転車等の操縦、運転に、他の一部がその推進に関与し若しくはいずれもが操縦、運転及び推進に関与した者を取締の対象に予定したものであつて、被告人のように操縦、推進等に関与しない単なる同乗者はこれが義務者に含まれないものと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。

道路交通取締法施行令(以下施行令と略称する。)施行に伴い廃止せられた道路交通取締令(昭和二二年内務省令第四〇号、以下旧令と略称する。)はその施行当初においては、第三五条第一項において「諸車の使用主又は運転者は、運転者の視野を妨げ、車両番号若しくは尾灯を隠ぺいし又は車両の安定を失わせるような乗車をさせ又は積載をしてはならない。」第二項において「諸車の使用主又は運転者は、乗車又は積載のために設備された場所以外に乗車をさせ又は積載をしてはならない。」と規定し、第三六条第一項において「自動車又はそのけん引する車の使用主又は運転者は、車両の長さ(普通自動車及び特殊自動車にあつては云々)幅、高さ地上三・五メートル(小型自動車にあつては云々)を超えて積載をしてはならない。」第二項において「自動車又はそのけん引する車の使用主又は運転者は車両検査証に記載した乗車定員又は最大積載量を超えて乗車をさせ又は積載をしてはならない。但し貸物自動車につきその貨物の積卸に必要な人員の乗車は、この限りでない。」と規定し、第三七条第一項において「左の荷車の使用主又は運転者は、車両の重量を合せ、左の制限を超えて積載をしてはならない。一、牛馬車四輪車にあつては二千キログラム、その他にあつては千五百キログラム二、大車(荷台の面積一・六五平方メートル以上のもの)七百五十キログラム」第二項において「前項の荷車の使用主又は運転者は、荷台より、長さ〇・六メートル、幅〇・三メートル、高さ二メートルを超えて積載をしてはならない。」第三項において「都道府県知事は、道路の状況又は車両の構造装置により前各項の制限と異る制限を定めることができる。」と規定し、第三八条(積載又は乗車の制限の特例)の規定と相俟つて道路交通取締法第二三条所定の諸車の乗車又は積載の制限内容を明らかにしていた。

即ち旧令はその施行当初においてはいずれも諸車の使用主又は運転者を義務者として、第三五条第一項において乗車、積載の方法につき、第二項において乗車、積載の位置につき一般的な制限規定を設け、第三六条において諸車のうち自動車(そのけん引する車を含む。)につき、第三七条において諸車のうち荷車につき、乗車人員又は積載重量若しくは容量の面から右第三五条の一般的制限内容を具体化する構造をとつていた。

ところがその後昭和二四年一〇月三一日総理府令第二七号を以て、第三五条第一項において定めた諸車の使用主又は運転者の遵守事項の範囲を拡張すると共に、同法条第三項に「諸車に乗車する者は前二項の規定の違反となるような乗車をしてはならない。」第四項に「緊急やむを得ない需用がある場合においては、第二項の規定にかかわらず出発地警察署長の許可を受け、乗車及び積載のために設備された場所以外に積載をすることができる。」と規定して右両条項を新設し且つ第三八条の二として「第三六条第二項但書又は前条第二項の規定により貨物自動車に乗車するものは、荷台にすわらなければならず、且つ、身体の一部を荷台の外に出してはならない。」旨乗車中の危険予防の規定を新たに設置した。

即ち右改正により諸車の使用主又は運転者以外に諸車に乗車する者も亦新たに義務者として登場することとなつたが、その乗車する者が遵守すべき義務の内容(第三八条の二についてはしばらく措く。」は第三五条第一、二項所定の一般的制限事項に止まつて、第三六条、第三七条所定の具体的制限事項にまでこれが遵守を要求し以て従来の右両法条における義務者の範囲を拡張する趣旨のものではないことは右改正法令が右両法条につきこの点に関する何等の措置を講じていないし又改正条項と既存法条の字句とが相俟つてもその趣旨を窺うことができない点からして既に明らかなところである。

そして最後に昭和二七年七月一七日総理府令第四〇号を以て、第三五条第一項において定めた遵守事項の範囲を更に拡張すると共に、第三七条第四項として新たに「都道府県知事は、自動車(そのけん引する車を含む。)及び第一項の荷車以外の諸車につき、乗車定員、最大積載量又はけん引の制限を定めることができる。」旨の規定を置き、そのままの内容で旧令は廃止されるに至つた。

以上説示のような立法の体裁並びに経過殊に右新設条項(第三七条第四項)の関係法条内における位置に徴するときは、右条項は明らかに第三六条(自動車)、第三七条第一ないし第三項(荷車)と並行して(その他の諸車)につき使用主又は運転者を義務者とする第三五条の具体的制限規定を設ける趣旨のものであつて、乗車する者を義務者とする制限立法を都道府県知事に委任したものではない。このことは右新設条項が制限内容につき、第三六条第二項において使用する「乗車定員」(道路運送車両法第五八条、第六〇条によれば軽自動車については自動車検査証の交付がなく従つて同条項による処罰を免れることとなるので、この点はその他の諸車の乗車制限を解釈する上においてもその均衡を考慮する必要がある。)なる用語を同じく使用し又第三六条及び第三七条第一ないし第三項所定の制限内容に照応する「最大積載量」なる用語を使用しているのみならず、そもそも「制限」なる語は行動の形式若しくは内容を制約する場合に使用せられ、行動の主体に関してはこれを用いないのが通常の用法である点からしても窺うに足りる。

そこで一方現行施行令における右旧令関連法条を顧みるときは、第三八条は廃止当時における旧令第三五条の規定内容と同一(但し第四項は削除)であり、第三九条は同じく旧令第三六条の規定内容と同一であり、又第四〇条は同じく旧令第三七条第一ないし第三項と同一であつて、たゞ旧令第三七条第四項に相当する規定が施行令においては第四一条として「公安委員会は、自動車(そのけん引する諸車を含む)及び前条第一項の荷車以外の諸車につき、道路における危険防止その他の交通の安全を図るため必要と認める乗車人員又は積載重量若しくは積載容量の制限を定めることができる。」旨規定して新法条の位置を与えられていることが異つているのみであることが明らかにされる(その他の旧令第三八条は施行令第四二条において、旧令第三八条の二は施行令第四三条において夫々同旨の規定がなされている。)。

即ち乗車又は積載の制限については現行施行令、旧令共に同一形式内容の立法体裁をとつていることが明らかであり、たゞ施行令第四一条が同一法条内における一条項に止まつた旧令第三七条第四項とは異り、一法条の地位を与えられ、且つ旧令の右条項における「乗車定員」なる用語を「乗車人員」と改めた以外は、同条項による制限立法の制定者が都道府県知事から公安委員会に移され、これに伴い制限立法の要件を厳格にしている点が異つているのみである。そして右のように施行令第四一条が一法条として独立したのは同令第三九条が諸車のうち「自動車」、同第四〇条が同じく諸車のうち「荷車」、ついで第四一条が「その他の諸車」と区分整理する立法技術上の要請に基くものであり又右のように「定員」を「人員」に改めたのは、乗車定員なる用語が乗車自体を目的とする構造を有しないしは乗車自体を目的として利用されている諸車につき使用されるのが通例であることから、「その他の諸車」の現段階における設備ないし利用状況に鑑み、定員なる語の使用を避けたものと解せられる。従つて結局施行令第四一条は旧令第三七条第四項と同旨の制限規定を設けることを予想したものであつて、現行施行令が法条の操作ないし用語の改訂という形式で「その他の諸車」に乗車する者をまで義務者とする制限立法の制定を公安委員会に対し委任したものとは到底解せられない。このことは旧令が前述のように当初の義務者たる使用主又は運転者に加えて乗車する者をも義務者として措定するに際し、昭和二七年総理府令第四〇号を以て新条項(第三五条第三項)或いは新法条(第三八条の二)を設置して義務者の範囲につき立法上殊の外慎重なる配慮を怠つていない点からしても十分に窺うことができる。(同法令の内容が国民の日常の生活に直接且つ密接な関係を有しておることに鑑みるときはけだし当然のことである。)

ところで被告人の本件所為に適用さるべき前示福井県道路交通取締規則第七条第一項は現行施行令第四一条に基き制定されたものであるから、右根拠法令による委任の範囲を超ゆる制限事項を制定する筈はなく、又制定することはできない。従つて同規則第七条第一項は前段説示によつて明らかなように「その他の諸車」の運転ないし操縦者を義務者として乗車の制限をしたものであつて、乗車するものにまでこれが遵守を要求しているものではないといわざるをえない。

かようなわけで被告人の本件所為は罪とならないのであるから、刑事訴訟法第三三六条に従い被告人に対しては無罪を言渡すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 中久喜俊世)

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